エレーヌ・グリモー

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狼のために生きるフランス出身のピアニスト。

1969年11月7日にフランスのエクス=アン=プロヴァンスで生まれる。父と母がともに大学教授という家庭に育つ。その著書『野生のしらべ』によると、幼少期より対称性への異常な執着から、一方が傷つくともう一方を傷つけなければないという強迫観念に襲われ、自傷行為に及ぶことも日常的であったという。いわゆる精神疾患の一種である強迫性障害とみられる。その疾患の度合が強ければ強いほど日常生活は困難となるが、両親の導きにより始めた音楽によってその異常性は徐々に昇華されていく。

13歳でパリ国立高等音楽院に最年少入学し、はじめはショパン、次にラフマニノフにシンパシーを感じるが、「形」へのその異常な執着はブラームスの音楽を求めだす。ブラームスといえばゲルマンの精神を1人で背負おうとしていたかのような人物で、長らくドイツを仮想敵国としていたフランスからは最も縁遠い作曲家のうちの一人といえる。そんなブラームスはグリモーのような可憐な少女には似つかわしくないと周囲は反対するも、自らの欲求に忠実にブラームスやその他のドイツの音楽を求めていく。

1987年、18歳の時にデビュー・リサイタルを東京で開き、同じ年にフランスを代表するパリ管弦楽団と共演する。以降、ヨーロッパの名門オーケストラと共演を重ね、フランスの代表的な若手ピアニストという評価を獲得するが、自分を型に嵌めようとするフランスの音楽界に嫌気が差したのか、21歳の時にアメリカの北フロリダへ移住する。そしてすぐに狼と運命的な出会いをし、狼と生きるというよりは、狼のために生きるというような生活を始める。自分の生活は極限まで切り詰め、音楽で得た収入もほとんどを狼のために使ってきた。

その特異な行動から変わり者と見られてきたが、演奏解釈においては奇を衒ったようなところは少ない。むしろ「形」に対する異常な拘りのためか、正統すぎるくらいの解釈をし、実演で息遣いが荒くなるほど高揚している時でも、自身が思い描く理想的な型から逸脱するようなことは滅多にない。最近のレパートリーは、やはりブラームス、シューマン、ベートーヴェン、バッハといったドイツ音楽が中心で、ブラームスの2つのピアノ協奏曲など、大半の女性ピアニストが避ける重量級の作品でも無骨に弾きこなす。