庄司紗矢香

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史上最年少でパガニーニ国際コンクールに優勝した日本出身のヴァイオリニスト。

1983年1月30日に東京都国分寺市で生まれる。父はコンピューター技師、母は画家という音楽とは無縁の家庭で育つも、母の都合により3歳から2年間過ごすことになるイタリアのシエーナで声楽やヴァイオリンの音に出会う。はじめはイタリアということもあってカンツォーネやオペラなどの声楽に憧れたが、当時から変わらなかったというその特徴的なハスキーボイスが歌う上では障害となり、その音を託す形でヴァイオリンに「fall in love」する。

帰国してからすぐにヴァイオリンを始め、国分寺市内の普通の公立小学校、中学校へ通いながらレッスンを続ける。14歳の時に日本人として初めてヴィエニャフスキ国際コンクールのジュニア部門で優勝し、翌年からケルン音楽大学に留学してザハール・ブロンに学ぶ。そして1999年、16歳の時に史上最年少かつ日本人として初めてパガニーニ国際コンクールに優勝。これによって国際的な名声を獲得し、2000年から世界的なオーケストラや指揮者と共演を重ねて現在にいたる。

そのレパートリーを見ると、プロコフィエフやショスタコーヴィチといったロシア音楽への志向の強さを感じる一方で、ドイツ音楽のバッハ、ベートーヴェン、ブラームス、そしてレーガーへのリスペクトを読み取ることができる。このレーガーは日本ではあまり馴染みがないが、三大Bの系譜を意識的に継ごうとしていた人で、無伴奏ヴァイオリンのための作品はもちろんバッハを意識したものだし、ヴァイオリン協奏曲はその雄大さにおいてベートーヴェンとブラームスに対抗したものだろう。

その無伴奏ヴァイオリンのための作品を好んで取り上げ、ヴァイオリン協奏曲を日本で初演し紹介した庄司は、ヴァイオリニストとして特異といわざるをえない。いずれの曲も演奏効果はきわめて低く、本場のドイツでも取り上げられる機会は滅多にない。史上最年少でパガニーニ国際コンクールに優勝というと、どうしても早熟の技巧派というイメージが付き纏うが、そうであるからこそ、またあるいは日本人であるからこそ、音楽史の大きな系譜を捉え、その中から自身に適した曲を選別していかなければヴァイオリニストとして生き残れない。その結果が、ブラームスでありレーガーであったのだろう。